サキ・著

 

 

青年の辿り着く場所には、どんな光景が広がっているのだろう…

「どうしよう…僕の居場所が…!」

「いい加減、自分を偽って生きるのはやめなよ。」

「どうしよう…僕は…本当の自分が分からないんだ。」

「そうだね。キミはただ、理想を生きてただけなんだから。その中にいる子を見てごらん。」

その時はじめて、青年は自分の前に揺りかごが揺れていることに気付いた。

「…誰もいないよ。」

「あぁ、キミには一生見えないさ。今のキミは、キミではないからね。」

「どうすれば、この子が見えるの?」

「…キミが感じている全ての疑問を、その子に聞いてみるんだ。まだ何も知らない、その子に…」

青年は空になってる揺りかごに問いかけた。

「ねぇ、どうして人は争ったり、競ったりするの? 本当の僕はどこなの?

どうして僕には、君の存在が見えないの?」

揺りかごは、ただ規則正しく揺れるだけ。

そうして、どれだけの時間が過ぎただろう。そしてその時間の分だけ、青年はどんなに多くの苦悩を抱えてきたことか。揺りかごは、それを物語っていた。

「…全ての答えは、僕の中にあるんだ…」

青年はそうつぶやいた。窓の外は、一夜を超えた空に、ほんのり色が付き始めていた。

「少し気づき始めたようだね。質問の答えを言ってごらん。」

「人が争うのは…未來に何かを残したいからだ。後世に渡るまでに伝えるべきことを伝えたいから…だから戦うのかもしれない。」

青年は1つ1つ、慎重に言葉を選んでいった。

「何かを残すためか…確かにそうかもしれない。で、次の質問の答えは?」

「本当の僕は…ただ、仮面にすがりついている。本当に、弱くてずるくて恐ろしい人間だ。それを薄い仮面に全てを隠して、定まらない根拠にプライドと名付けて生きているんだ。」

「そうだね。キミも人間なんだ。キミは、キミという存在だから、見えないものに惑わされるんだよ。」

「そして、最後の質問の答えが…」

「なぜキミにその子が見えないか…」

「…最初から、この中に子どもなんて眠っていない。」

人は時に、見えない何かに縛られていることがある。

「そうだよ。何かを認めれば、何かを批判することになるからね。」

 

青年は揺りかごに、そっと手をかけた。

「君ももぅ、眠っていいんだよ…」

揺れる使命を果たした揺りかご。一体、どれだけ小さな命を包んできたのだろう。

ただ同じ速さで…

 

青年の目の前に置かれた紙切れだって、何かを伝えるべき使命を持っている。

たった1人で考えた。存在することは、何だって、それぞれの役目を持って生まれる。

“意味のない存在”なんで、本当に存在するのだろうか。

そして、僕の使命は…

 

その紙には、青年に新たな苦悩を与えることになった。

「これは…」

その中に、青年の、これから起こるであろう富や名声だけが約束された、希望が記してあった。

全てがうまくいく、統一された未来の…

仮面の内側で、誰かが笑みを浮かべている。が、それは瞬く間にくずれ、失望だけが残った。

「僕に、この紙を破ることはできない…」

この未来は、青年の使命が果たされた上での結果なのだった。

 

…たった1人で考えた。仮面は、本当は存在しなかったかもしれない。