原田 礼子・著

 

「世界にありがとうの言葉を」

 

 

ふと幼い頃の記憶が蘇る。

こんなにも愛おしいものが存在する世界で

満ち足りた思いとは裏腹に

どうして不安が押し寄せるのだろう?

 

あの頃の私は、一人ぼっちで心細かったが

確実に「世界」が変わり始めていた。

 

あらからどれくらいの月日がながれたのだろうか。

 

いつの間にか「話す」ということが日常に紛れてしまい

区別がつかなくなってしまったような気がする。

 

私が言っていた「世界」は平和になったのだろうか。

 

母がいなくなってからの私は、母との世界を取り戻すため

黙っている事を止めたのだった。

 

今では私が親になり、新しく訪れた世界と共に

胸一杯の幸せや、焦りや、怒りや、充実感や、

戸惑いやらが色を変えてやってきた。

 

私は初めて目にする世界に母の思いを重ねた。

 

母もまた「世界」の平和のために、私を思い大切にしてくれ

正しい事をしていたのだろう。

 

今の私と同じように。

 

変化は日々訪れる。

いつの間にか手段が目的に摩り替わってしまうことがあり

私はハッとする。

 

年をおうごとに体は疲れ、心も疲れてくる。

考えると疲れてしまうから考える事が少なくなる。

 

世界は今、そんな中に存在していると思えてくる。

 

皆、動物的になり世界が小さくなってきていると

私は日々感じる。

 

今、見えているものの向こう側を見ようとしない。

家族の向こう側、地域の向こう側、時間の向こう側。

 

我が子を取り巻くさまざまな世界に目をやると途方に暮れる。

何から始めれば良いのか。

 

人類の世界の~積み重ね

母の世界の~積み重ね

そして、私の世界の~積み重ね

 

原因を探ると怒りがこみ上げるのはどうしてだろう?

 

「私達はもしかしたら前に進んでいないのではないか?」

そんなふうに、私は感じているのだろうか?

 

前に進む ことと あらを捜す こととは違うはずなのに。

 

答えはどこにあるのだろう。

積み重ねのあら捜しではない、きっともっと違うところに・・・

 

さまざまな世界を変えようとすると、どこからか波が押し寄せてくるから

勇気がいるし、信念もいるし、体力もいる。

でも、その波にさえ忘れてはいけないものが存在するように思う。

 

私は我が子に言う。

 

「ありがとうは?」

 

「・・・あんとっ。」

 

そう、私達はそれを忘れているのかもしれない。